金城一国斎(高盛絵)
2018/03/14

七代金城一国斎

香川県漆芸研究所研究員修了。1991年七代一国斎襲名。日本伝統工芸展に入選を重ね平成17年日本工芸会奨励賞を受賞する。ポーラ賞奨励賞、広島文化賞、広島市民賞、エネルギア美術賞などを受賞する。
日本工芸会正会員、日本工芸会中国支部幹事・審査委員、広島市立大学芸術学部非常勤講師、広島市教育委員会伝統文化教育アドバイザー。平成23年広島県無形文化財「一国斎高盛絵」技術保持者に指定される。 

略 歴

1965年 昭和40年3月25日広島市に生まれる

1983年 香川県漆芸研究所入所

1988年 香川県漆芸研究所研究員を修了

1991年 七代金城一国斎を襲名

1992年 日本伝統工芸展初入選 以後19回入選(2011年まで)

1992年 浩宮皇太子殿下の御成婚に際し広島県より色紙箱が献上になる

1996年 日本工芸会中国支部展にて島根県知事賞受賞

2002年 日本工芸会中国支部展にて広島県知事賞受賞

2004年 ポーラ賞奨励賞受賞     ポーラ伝統文化振興財団

2004年 広島文化賞受賞

2005年 広島市立大学芸術学部非常勤講師に就任

2005年 第52回日本伝統工芸展にて日本工芸会奨励賞受賞

2006年 広島市民賞受賞

2007年 エネルギア美術賞受賞    エネルギア文化スポーツ財団

2011年 広島県指定無形文化財「一国斎高盛絵」技術保持者に認定

      日本工芸会正会員 

金城一国斎と高盛絵

「高盛絵」は近代漆工史の中で、ひときわ輝く個性美を放ち続ける独特の漆芸技法です。
花や果実に誘われる蜂や蝶 、それを狙うカマキリを生き生きと立体的に
表現するなど独特の世界を創り上げました。
 広島で発展したこの技法は歴代金城一国斎が受け継いで来ました。 
漆芸家 金城一国斎は、 幕末に尾張徳川藩の小納戸御用塗師であり、時代蒔絵を得意とした初代一国斎を祖とし、 尾張藩を出奔し、独自の漆芸を追い求め、高盛絵を創案した二代一国斎、
明治に入り、内国勧業博覧会などに出品 受賞し、漆芸技法として高盛絵を確立した三代一国斎、
大正 昭和に、茶道俳句など風流人として高盛絵に色を添えた四代一国斎、
赤塚自得の門をたたき、蒔絵を修得し細密な高盛絵を創り上げた五代一国斎、
五代の右腕として、創作を助け現在へ伝えた六代一国斎、
そして彫漆や切金を加え、新たな高盛絵を創造する七代一国斎に受け継がれています。

七代金城一国斎の思い

  • 一国斎は尾張徳川藩御用塗師であった初代金城一国斎を祖とし、二代一国斎が江戸時代末期に広島に移住いたしました。三代一国斎が研究を重ねた末、漆芸技法高盛絵を完成させ、以後創意工夫を重ね現在まで継承してきております。高盛絵の作品づくりはまずデザインを創造する事から始めます。全体の構想から図案を完成させ、より美しく表現するために「意匠」と呼ぶ、作品に"心"を入れていく工程に入ります。この工程で想いを込め、作品により輝きを持たせる事を大切にしております。また、温度・湿度により漆の乾きが違うので、四季、その日に合わせ漆の調合を変え調整しております。昆虫等のモチーフを創作する場合は、立体感があるからこそ生々しくしすぎず、いかに抽象的にしていくかが難しいポイントです。
  • •    「ものづくり」という"無いものを生み出す"、"0を1にする"という事は、過去を捨て新しい自分を見つける事でもあります。これはとても難しく苦しい事ですが、自分の想いが伝わり皆様の心に響く作品となるよう制作に努めております。これからもその姿勢を大切にし、広島の伝統工芸を守り、若い方々にも受け入れていただくよう精進して参ります。